
はじめに
高齢になるほど筋力やバランス能力が低下し、転倒リスクが高まることが指摘されている。
特に後期高齢者では、身体機能に加えて足底から得られる感覚が衰え、立位や歩行が不安定になりやすい1)。
従来、筋力トレーニングや有酸素運動が主なリハビリテーション手法として用いられてきたが、足底への刺激を意図的に活用することで、バランス制御に必要な「感覚と運動のフィードバック機構」を強化できる可能性が示唆されている。
本稿では、「足底感覚トレーニング」のメカニズムや具体的な介入方法、そしてリハビリテーション専門職への示唆について概説する。
足底感覚とバランス制御のメカニズム
ヒトが立位姿勢を維持するためには、感覚(足底の触覚・圧覚など)と知覚(それらの情報を脳が統合し、姿勢調整に必要な意味付けを行うプロセス)が密接に関わっている。
足底にはメカノレセプターと呼ばれる受容器が存在し、床との接触状況(硬さや傾斜、荷重の変化)を感知すると、神経経路を介して脊髄や脳(大脳皮質や小脳など)へ信号が伝えられる。
これらの信号は、姿勢制御のフィードバック機構として利用される。
具体的には、足底感覚の情報をもとに身体の重心や傾きを判断し、必要に応じて足関節や膝関節、股関節などの筋活動を調整することで、転倒を防ぐような姿勢反応が引き起こされる。
さらに、脳がこの感覚情報を知覚(認識や選択的な注意)として処理すると「硬いマット」と「柔らかいマット」の違いを判別し、それに応じてバランスをとりやすい立ち方や筋緊張を選択できるようになる。
したがって、足底感覚の強化は単に「足裏を刺激する」だけでなく、その情報を脳がどのように解釈し、姿勢制御に活かすかという学習過程を高める意味合いがある。
足底感覚トレーニングを用いた介入
藤田ほか1)の研究では、介護老人保健施設に入所している後期高齢者19名を対象に、硬さの異なる複数のスポンジマットを用いた足底感覚トレーニングを実施している。
具体的には、厚みや硬度を段階的に変えたマットを5種類用意し、被験者には目を閉じた状態で「どの硬さのマットに立っているか」を繰り返し回答してもらう。
この際、足底から得られる感覚を無意識に受け取るだけでなく、自分で意識的に弁別することで「感覚がもたらす情報を脳がどのように知覚し、運動出力に結びつけるか」を学習する形となる。
一方、コントロール群には硬さが一定のマットに立ち続けるだけの練習を行わせ、トレーニング群と比較した。
その結果、足底感覚トレーニングを行った群においては、立位時の重心動揺量(重心の揺れ)が有意に減少し、前方への重心移動の幅(ファンクショナルリーチテスト)が向上したという。
特に、目を閉じた条件(視覚情報を遮断した条件)で効果が顕著だった点は、足底からの感覚入力がバランス制御に大きく寄与していることを示唆している1)。
実践の成果
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重心動揺の減少: 足底感覚トレーニング群では、開始前と比べて重心の揺れが小さくなり、バランスが安定した1)。
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FRT(Functional Reach Test)の向上: 前方にどれだけ重心を移動させられるかという指標が改善し、転倒リスクの低減が期待できる1)。
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比較的短期間での効果: 10日間という短期的な介入ながら、視覚が遮断された状態でもバランス能力が向上している1)。
これらの成果は、足底感覚に関するフィードバックが脳で適切に知覚・統合されることで、より迅速かつ正確な姿勢制御が行われるようになった可能性を示している。
リハビリテーション専門職への示唆
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低負荷で実施可能
筋力トレーニングや有酸素運動が難しい心肺機能低下・疼痛などを抱える後期高齢者に対しても、負荷が少ない形で取り組みやすい。 -
感覚と知覚の両方を意識
足底への刺激をただ与えるだけでなく、患者自身が「いまどのような硬さのマットに立っているか」を自覚(知覚)し、その違いを区別する過程を重視すると、学習効率が高まる。 -
継続的な評価
介入前後で重心動揺計やFRTなどの客観的評価を行い、効果を可視化することでモチベーション向上にもつながる。 -
多職種連携
環境設定やリスク管理を円滑に行うために、理学療法士・作業療法士・看護師などの多職種が情報共有を行い、統一した方針で実施すると成果が出やすい。
まとめ
後期高齢者における転倒リスクの低減やバランス能力の向上を図るうえで、足底感覚を意識的・能動的に活用するトレーニングが有用であることが示唆されている1)。
足底からの感覚(生の刺激)が脊髄や脳へ伝わり、知覚(脳での解釈)や運動指令へと結びつくことで、姿勢制御の精度が高まると考えられる。
特に、筋力トレーニングが難しいケースでも取り組みやすく、10日間という比較的短い期間でも効果が得られる点は注目に値する。
リハビリテーション専門職としては、患者が足底感覚に注意を向けられるよう促しつつ、どのように脳がその感覚を知覚し、姿勢制御に役立てているかを評価しながら介入を進めることが重要であろう。
参考文献
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藤田浩之, 中野英樹, 粕渕賢志, 森岡周: 後期高齢者の立位姿勢バランスに対する足底知覚トレーニングの介入効果─施設入所後期高齢者における無作為化比較試験による検討─. 理学療法科学 27(2): 199–204, 2012.
・理学療法士
理学療法士免許取得後、関西の整形外科リハビリテーションクリニックへ勤務し、その後介護分野でのリハビリテーションに興味を持ち、宮﨑県のデイサービスに転職。現在はデイサービスの管理者をしながら自治体との介護予防事業なども行っている。
「介護施設をアミューズメントパークにする」というビジョンを持って介護と地域の境界線を曖昧に、かつ、効果あるリハビリテーションをいかに楽しく、利用者が能動的に行っていただけるかを考えながら臨床を行っている。
また、転倒予防に関しても興味があり、私自身臨床において身体機能だけでなく、認知機能、精神機能についてもアプローチを行う必要が大いにあると考えている。そのために他職種との連携を図りながら転倒のリスクを限りなく減らせるよう日々臨床に取り組んでいる。