応用行動分析学を用いた認知症患者の問題行動への介入

はじめに

認知症患者において暴言や拒食といった問題行動は、リハビリテーションの進行を妨げる要因となることが指摘されている1)

これらの行動は、患者自身の健康を損なうだけでなく、介護者や医療従事者の負担を増大させるため、効果的な介入方法の確立が求められている。

応用行動分析学(Applied Behavior Analysis: ABA)は、行動の先行刺激と結果の関係性を分析し、望ましい行動の増加を促す方法として知られており、認知症患者の行動変容にも有効であるとされる2)

認知症患者の問題行動のメカニズム

認知症患者における問題行動の発現には、環境要因や学習経験が影響を及ぼすことが示唆されている3)

リハビリテーションの場面で暴言がみられる場合、その背景には以下のような要因が考えられる。

  • 嫌悪刺激の形成:リハビリテーションに伴う疲労感や失敗体験が「訓練=苦痛」と認識される4)
  • 回避行動の強化:暴言によって訓練を回避できると、その行動が強化され、繰り返される2)
  • 注意の獲得:暴言を発することで医療者の注目を引くことが可能となり、行動の維持につながる5)

拒食についても、過去の不快な食事体験や環境要因が影響している可能性が指摘されており、これらの行動を減少させるためには、問題行動の機能を分析し、適切な介入を行う必要がある6)

応用行動分析学を用いた介入

分化強化(Differential Reinforcement)は、望ましい行動を強化し、不適切な行動には反応しないことで行動の変容を促す手法であり、認知症患者の問題行動の減少に有効であるとされる2)

暴言への対応

暴言への対応においては、リハビリテーション中に以下のような手法が用いられた4)。

  1. 暴言に対する無反応:不適切な発言には反応せず、注意を向けない。
  2. 適切な発言の強化:適切な発言がみられた際には、即座に注目や称賛を行う。
  3. 身体的接触を活用した強化:背中をさするなどの身体接触を強化刺激として提供する。

認知症患者の奇声に対して分化強化の手法を適用し、奇声の減少と適切な発話の増加を確認した研究があり、同様の介入が有効であることが示されている2)

拒食への対応

拒食に対する介入では、食事の場面で無理に促さず、患者の行動を観察し、以下のような手法が用いられた3)

  1. 食事の促しを中止:無理に食事を勧めることを避け、患者の自発的な行動を待つ。
  2. 食物への注目を強化:飲水や食物への関心が見られた場合に、注目や称賛を行う。
  3. 食事摂取時の最大限の強化:一口でも食べた際には、積極的に称賛し、身体的なサポートを行う。

重度認知症患者に対する食事内容の調整が摂食量の増加に寄与することが報告されており、食品の嗜好調整や食事具の変更が拒食行動の減少につながることが示されている6)7)

介入の成果

分化強化を用いた介入により、以下のような成果が確認されている4)

  • 暴言の減少:介入前は1回のセッションで平均29回の暴言がみられたが、介入期間中に徐々に減少し、最終的にはほぼ消失した。
  • 摂食行動の改善:介入開始から6日間は食事摂取がみられなかったが、7日目以降徐々に増加し、最終的には全量摂取が可能となった。
  • 行動障害の軽減:認知症行動障害尺度(Dementia Behavior Disturbance scale)のスコアが、介入前の56点から31点へと改善した。

拒食のある認知症患者に対する応用行動分析学的介入が、摂食行動の改善に寄与することが報告されている。

リハビリテーション専門職への示唆

認知症患者の問題行動への対応において、以下の点が重要であると考えられる。

  1. 行動の機能分析を行う:問題行動の原因を特定し、適切な介入戦略を立案する。
  2. 適切な行動を強化する:患者が望ましい行動を示した際に、即座に称賛し、行動の定着を促す。
  3. 一貫した対応を実施する:多職種間で対応を統一し、患者が混乱しないようにする。
  4. 環境調整を行う:食事内容の変更や食具の工夫により、拒食行動を軽減する。

まとめ

認知症患者の暴言や拒食といった問題行動に対して、応用行動分析学の手法を用いた介入が有効であることが示されている4)。特に、分化強化を活用したアプローチにより、望ましい行動が促進され、問題行動の減少につながることが報告されている2)。リハビリテーション専門職は、単に問題行動を抑制するのではなく、患者の行動の背景を理解し、適切な行動を引き出す支援を行うことが求められる。

参考文献

  1. 山﨑裕司, 遠藤晃祥. 認知症に対する応用行動分析学的介入. 高知リハビリテーション学院紀要, 2017; 18: 1-10.
  2. Dwyer-Moore KJ, Dixon MR. Functional analysis and treatment of problem behavior of elderly adults in long-term care. Journal of Applied Behavior Analysis, 2007; 40: 679-683.
  3. 宮裕昭, 鑪直樹, 大川一郎, 成本迅. 認知症を伴う要介護高齢者の拒食行動に対する応用行動分析学的介入. 高齢者のケアと行動科学, 2011; 16: 95-107.
  4. 山﨑正啓, 三浦千明, 西村友秀ら. 行動リハビリテーション, 2018; 7: 26-28.
  5. 矢作満. 行動リハビリテーション, 2016; 5: 6-10.
  6. 松尾明美. 作業療法, 2004; 23: 450.
  7. 中辻有香, 卜部弘子, 西谷美津江ら. 作業療法, 2005; 24: 119.

投稿者
堀田一希


・理学療法士

理学療法士免許取得後、関西の整形外科リハビリテーションクリニックへ勤務し、その後介護分野でのリハビリテーションに興味を持ち、宮﨑県のデイサービスに転職。現在はデイサービスの管理者をしながら自治体との介護予防事業なども行っている。
「介護施設をアミューズメントパークにする」というビジョンを持って介護と地域の境界線を曖昧に、かつ、効果あるリハビリテーションをいかに楽しく、利用者が能動的に行っていただけるかを考えながら臨床を行っている。
また、転倒予防に関しても興味があり、私自身臨床において身体機能だけでなく、認知機能、精神機能についてもアプローチを行う必要が大いにあると考えている。そのために他職種との連携を図りながら転倒のリスクを限りなく減らせるよう日々臨床に取り組んでいる。

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