中殿筋の解剖学と臨床的重要性
中殿筋は、トレンデレンブルグ徴候や膝の内反変形、痛みとの関連が指摘されている筋肉であり、注目される部位の一つである。特に膝変形性関節症(OA)や股関節疾患において重要性が高い。
教科書的な中殿筋の位置は殿部の真横にあるイメージであるが、実際には後方まで広がりを持つ。
このため、一般的な中殿筋トレーニングである側臥位や背臥位での股関節外転運動では、筋の一部しか収縮を促せない可能性がある。本稿では、中殿筋の解剖学的構造と各線維の働き、臨床的意義について解説する。
中殿筋の起始と停止
教科書的には以下の通りである:
- 起始:腸骨翼の外側面
- 停止:大腿骨大転子
しかし、実際には腸骨翼外側面の上部、特に後方から腸骨稜全体、さらに殿筋膜まで広がっている。また、起始部では後方が特に発達している1)。
停止部は大転子中央領域に最も強く付着し、さらに前下方にも広がりを持つ。停止腱は前方と後方に分かれ、前方停止腱は下方へ直線的に走行し、後方停止腱は斜めに前方停止腱と合流している2)。
これらの構造から、中殿筋は前部線維よりも後部線維の方が強い筋出力を発揮できるような構造を持つことが示唆される。
臨床的意義
末期変形性股関節症(OA)患者と高齢者を比較した研究では、小殿筋および中殿筋の前部線維に萎縮と脂肪浸潤が認められた3)。
この結果から、OA患者では中殿筋前部線維の弱化が起こりやすく、それが股関節側方安定性の低下につながると考えられる。一方で、後部線維が完全に問題ないとは言い切れず、前部・後部の線維をバランスよく鍛えることが重要とされる。
中殿筋の前部線維は股関節の内旋と外転、後部線維は外旋と外転の作用を持つ。
このため、内旋位での外転運動では前部線維、外旋位での外転運動では後部線維の収縮を促すことができる。
また、後部線維は後方から斜めに走行しているため、股関節中間位よりも軽度屈曲位での運動が効果的である。
臨床への応用
中殿筋の弱化を防ぎ、股関節安定性を高めるためには、前部・後部線維それぞれを効果的に鍛える必要がある。
触診を通じて収縮を確認しながら、内旋位および外旋位での外転運動を取り入れることが推奨される。
参考文献
- Flack, N. A. M. S., Nicholson, H. D., & Woodley, S. J. (2012). A review of the anatomy of the hip abductor muscles, gluteus medius, gluteus minimus, and tensor fascia lata. Clinical Anatomy, 25(6), 697–708.
- Flack, N. A. M. S., Nicholson, H. D., & Woodley, S. J. (2014). The anatomy of the hip abductor muscles. Clinical Anatomy, 27(2), 241–253.
- Kivle, K., & Aamodt, A. (2021). Gluteal atrophy and fatty infiltration in end-stage osteoarthritis of the hip: a case-control study. Bone & Joint Open, 2(1), 40–47.
投稿者
堀田一希
・理学療法士
理学療法士免許取得後、関西の整形外科リハビリテーションクリニックへ勤務し、その後介護分野でのリハビリテーションに興味を持ち、宮﨑県のデイサービスに転職。現在はデイサービスの管理者をしながら自治体との介護予防事業なども行っている。
「介護施設をアミューズメントパークにする」というビジョンを持って介護と地域の境界線を曖昧に、かつ、効果あるリハビリテーションをいかに楽しく、利用者が能動的に行っていただけるかを考えながら臨床を行っている。
また、転倒予防に関しても興味があり、私自身臨床において身体機能だけでなく、認知機能、精神機能についてもアプローチを行う必要が大いにあると考えている。そのために他職種との連携を図りながら転倒のリスクを限りなく減らせるよう日々臨床に取り組んでいる。