腰痛と農作業

「畑仕事をしすぎて腰が痛いのよ...」

皆様は臨床の中でこう言われたことはないだろうか?

今回は臨床でよく遭遇する"腰痛と農作業"について文献を交えながら述べていく。

腰痛と農作業

福井県JA全国農業協同組合連合会で調査したところ、農業を行っている方の83%が腰痛経験有りと回答した。
また、田植えや稲刈りの時期に腰痛が出現すると答えた人が多かった。
Vol.38 Suppl. No.2 第46回日本理学療法学術大会 抄録集2011,PF1-048
農作業時の動作と腰痛に関する研究
高氏 涼太, 河野 奈美

田植えは5〜6月、稲刈りは9〜10月に行われる。

そう、これからの時期はまさしく稲刈りの時期である。

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高齢農作業者において、腰痛の具体的な動作はしゃがんだ状態での作業、長時間での同じ姿勢が多かった。
Vol.44 Suppl. No.2
第52回日本理学療法学術大会 抄録集2017,p24
高齢農作業者に対する腰痛予防に関する研究
高氏 涼太, 河野 奈美

腰痛の痛みと姿勢の関係では、中腰姿勢、前傾姿勢、重い物を持つの順に
痛みの発生頻度が高かった。
理学療法学1992 年 19 巻 2 号 p. 143-148
兵庫県洲本地区における玉葱栽培従事者の腰痛の実態
武政 誠一, 嶋田 智明

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上記の2つの文献からもわかるように農作業というより"重心を落とした状態で長時間作業"が痛みに絡んでいるように思えるかと思う。

また、先程紹介した
"兵庫県洲本地区における玉葱栽培従事者の腰痛の実態"では以下の結果も報告している。

✔️55名中10名は腰椎前弯が軽度消失していた

✔️ 腰痛を訴える農業従事者の身体的特性として、腹筋および背筋の筋持久力が低下している傾向にあった

✔️約半数の体幹柔軟性は良好に保たれていた

これを見ると可動域より筋持久力の方が重要に捉えられる。

特に腰椎前弯作用のある腸腰筋や多裂筋の筋持久力は低下しているのではないかと考察できる。

実際、臨床していて腰痛の方に対してストレッチだけを処方しても良くなる手応えはなかなかないかと思う。

軽減はできてもスッキリまでいけないのが実際の私の臨床感である。

そこで私が重要に考えるのは動作指導下肢筋力である。

いくらストレッチして可動域改善しても同じ部位、筋、関節に負担をかける動作をしていては結局戻ってしまう。

そのため、なぜ負担がかかっているのか、どういう風にすれば負担は減らせるのかを伝えておくことが重要となる。

そしてもう一つ重要なのが下肢筋力。

次は腰痛の方の下肢筋力の傾向を確認していく。

腰痛の方の下肢筋力

腰痛の方の下肢筋力では股関節外転、伸展筋力と膝関節伸展筋力が
低下している傾向がみられた。
Lower limb muscle strength in patients with low back pain: a systematic review and meta-analysis
Camila Santana de Sousa et al. J Musculoskelet Neuronal Interact. 2019.

上記の報告によると大腿部の筋力、特に殿筋四頭筋が弱化していることが分かる。

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重心が下がる農業、畑作業で殿筋や四頭筋が弱化していると体幹の重みを支えきれないのだと私は推察する。

ここで私は下肢で支えきれない結果、胸腰筋膜などの背部組織で支える負担が増えるのではないか?

と疑問を抱いており、様々な文献を調べていくと以下のような文献が見つかった。

股関節伸展筋力の低下と背部伸筋の緊張が腰痛に寄与している可能性がある。
Relationship Between Hip Extensor Strength and Back Extensor Length in Patients With Low Back Pain: A Cross-Sectional Study
Amir Massoud Arab et al. J Manipulative Physiol Ther. 2019 Feb.

この文献では腰痛の男性において股関節伸筋の強度と背部伸筋の短縮には有意な関係があることを報告している。

つまり、殿筋が収縮できない分、背筋が収縮している可能性があるということである。

殿筋トレーニングで腰痛が改善するのは殿筋が背筋の代償をカバーできるようになるからである。

しかし、ここでひとつ矛盾も生まれてしまう。

上記の文献では股関節伸筋(殿筋)が低下して背筋の緊張が上がると報告されているが、背筋の持久力も落ちている傾向にある。

背筋は頑張り続けてるから持久力あるのでは?と感じる方も多いのではないかと思う。

そこで注目したのが多裂筋である。

慢性腰痛の患者の多裂筋は、無症候性の方より筋断面積が有意に小さかった。(萎縮)
Multifidus size and symmetry among chronic LBP and healthy asymptomatic subjects
Julie Hides et al. Man Ther. 2008 Feb.

片側性の腰痛患者は、両側や中央の腰痛患者よりも多裂筋の非対称性が高く、患側の多裂筋収縮が不十分だった。

The relationship of transversus abdominis and lumbar multifidus clinical muscle tests in patients with chronic low back pain
Julie Hides et al. Man Ther. 2011 Dec.

上記の文献からも分かる通り、多裂筋は遅筋線維が多く筋持久力が発揮しやすいが、萎縮傾向にあるため、収縮機能も筋持久力も低下しているはずである。

つまり、背中の緊張が上がるというのは多裂筋を指すものではなく、胸腰筋膜や脊柱起立筋である可能性が高いかと考えられる。

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そのため、殿筋の筋力低下脊柱起立筋や胸腰筋膜の緊張(過活動、受動張力)+多裂筋の機能不全が腰痛の方には起こっていると考えられる。

しゃがみ込みの時筋肉は…

次にしゃがみ込み(前屈み)の下肢の筋状態を考えてみる。

しゃがみ込みで伸張位になる筋肉
・足関節
ヒラメ筋

・膝関節
広筋群

・股関節
殿筋群、大内転筋

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前屈みで伸張位になる筋肉
・足関節
ヒラメ筋

・膝関節
広筋群、ハムストリングス

・股関節
殿筋群、大内転筋

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皆様もお気付きだと思うが、しゃがみ込みや前屈みは股関節伸展筋、膝関節伸展筋、足関節底屈筋が
伸張位になり、遠心性の収縮が求められる姿勢である。

そして、先行研究では農作業者は股関節伸展、外転筋と膝関節伸展筋が筋力低下していると報告されている。

ここで少し今までの話をまとめると。

◎農作業者は殿筋や広筋の筋力低下の傾向

◎背部に緊張はあるが、多裂筋においては萎縮や収縮不全が認められる

つまり、
しゃがみ込みや前屈みの方の腰痛に対しては、殿筋、広筋、ヒラメ筋、多裂筋の収縮を評価してトレーニングしていくことが望ましいと考えられるという事である。

これらの下肢筋力が低下した状態で長時間農作業を続けると、脊柱起立筋や胸腰筋膜への負担が大きくなるのだろうと考える。

まとめ

◎農作業の腰痛においては、中腰、前傾姿勢、重い物を持つ順に疼痛発生頻度が多いと報告されており、しゃがみ込みや長時間同じ姿勢が要因と考えられている。

◎農作業の腰痛においては、背筋と腹筋の筋持久力が低下しており、柔軟性は保たれているケースもあるため、柔軟性よりも筋力の方が問題である可能性が高い。

◎腰痛の方は股関節伸展、外転筋と膝関節伸展筋が筋力低下している傾向にあり、体幹においては多裂筋が萎縮している傾向にある。

◎ しゃがみ込みや前屈みは股関節伸展筋、膝関節伸展筋、足関節底屈筋が伸張位になり、遠心性の収縮が求められる。

ぜひ農作業による腰痛の解釈のヒントにしていただければと思う。

投稿者
堀田一希

・理学療法士

理学療法士免許取得後、関西の整形外科リハビリテーションクリニックへ勤務し、その後介護分野でのリハビリテーションに興味を持ち、宮﨑県のデイサービスに転職する。
「介護施設をアミューズメントパークにする」というビジョンを掲げている介護施設にて、日々、効果あるリハビリテーションをいかに楽しく、利用者が能動的に行っていただけるかを考えながら臨床を行っている。
また、転倒予防に関しても興味があり、私自身臨床において身体機能だけでなく、認知機能、精神機能についてもアプローチを行う必要が大いにあると考えている。そのために他職種との連携を図りながら転倒のリスクを限りなく減らせるよう日々臨床に取り組んでいる。

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