
『AT(anaerobic threshold)』は、理学療法士や作業療法士であれば一度は聞いたことのある用語かと思われる。
特に循環器領域では、昔から運動処方をする際にAT付近で運動することが安全かつ効果的であるとして広く用いられてきた。
ATとは嫌気性代謝閾値のことであり、定義としては「好気的代謝(有酸素運動)に無機的代謝(無酸素運動)が加わる時点での酸素摂取量」とされる。
すなわち、定義上はATまでは有酸素運動であり、AT以上は無酸素運動となる。
しかし、運動生理学的にみると有酸素運動と無酸素運動は、常に相対的な関係性にあることから、両者を比した場合にどちらかが優位にあるときに有酸素運動または無酸素運動と表現する。
エネルギー代謝からみると、AT未満の運動では好気的代謝(酸素運搬系)にて、グルコースはピルビン酸へと変換されミトコンドリアに送られる。
その後、アセチルCoAに変換され、TCA回路内に入る。そして、電子伝達系を介しエネルギーを産生する。
この過程では、乳酸の産生がほぼないとされる。
一方、AT 以上の運動を行った場合は、好気的代謝のみではエネルギー産生が不足するため,解糖系による嫌気的代謝によって補われる。
このため、AT以上の運動ではピルビン酸から乳酸の産生が増加し、さらに乳酸は重炭酸イオンにより緩衝される。
その際に、副産物である二酸化炭素が産生される。
その二酸化炭素を体外へ排出するため、換気亢進が起こる。
循環器疾患患者のみではく、他の内部障害(呼吸器疾患、代謝疾患など)患者に対するリハビリテーションでも、このATを至適運動強度として運動処方をすることが多い。
そのメリットとして、運動生理学的には以下の項目が考えられている。
・心拍数や血圧の上昇が少ない
・1回拍出量の減少が起こりにくい
・心拍出応答が保たれる
・血中カテコラミンの著しい増加がないため、交感神経活性が起こりにくい
・心筋酸素消費量の上昇が少ない(心筋虚血が起こりにくい)
・乳酸産生の著しい増加がないため、代謝性アシドーシスが起こらない
・換気亢進(息切れ)が起こりにくい
総じていうと、血行動態に対する影響が少ないため、安全に運動を実施することができる。
また、運動を行う患者や利用者にとっての運動中のメリットとして、以下の項目もある。
・ATを超えると換気亢進(息切れ)が生じ、本人が運動中に強度上限を自覚しやすい
・高強度に比べ、運動の継続が良好である
・高血圧、糖尿病、肥満、脂質異常症などの冠危険因子改善のためにも好ましい代謝強度
である。
投稿者
井上拓也
・理学療法士
・認定理学療法士(循環)
・3学会合同呼吸療法認定士
・心臓リハビリテーション指導
・サルコペニア・フレイル指導士
理学療法士免許を取得後、総合病院にて運動器疾患や中枢神経疾患、訪問リハビリテーション等に関わってきました。すべての患者さんのために、障害された機能の改善やADLの向上に励んできました。特に運動器疾患においては、痛みの改善や関節可動域の改善、筋力向上を目的とした理学療法にて、患者さんのADLの向上を図ってきました。
今までの経験を活かして、皆様のお役に立てるように励んで参ります。